10/25、丹治杉江さん講演会を開催しました

 2-132

公開日 2024年01月09日

更新日 2024年01月24日

 東京反核医師の会は10月25日、講師に丹治杉江氏(ヒロシマナガサキビキニフクシマ伝言館事務局長/ALPS 処理汚染水放出差止訴訟事務局長)を招いて講演会「福島 終わらない原発事故~被害者の嘆き~」を開催しました。会場・Zoom併せて19人が参加しました。

講演会の模様

 

原発避難者訴訟 国の責任を否定する不当判決

 丹治氏は国と東京電力を相手に福島第一原発事故の損害賠償を求めた訴訟(福島、千葉、愛媛、群馬)の群馬訴訟の原告として、最高裁判所まで闘ってきましたが、2022年に最高裁は、国の責任を否定する判決を下しました。下級審の審理を無視して、「事故の原因は想定外の津波であり、指摘のとおりに対策したとしても事故は防げなかった」と結論づける不当な判決の結果、誰一人として責任を取らない状態が続いています。「通常の企業が起こした事故であれば、こんなことはあり得ない。自己責任の決着を付けなければ、次の事故がまた日本で繰り返されてしまう」と丹治氏は警鐘を鳴らしました。

 

今も続く「安全神話」と弾圧の構図

 福島第一原発事故から12年半が経ちますが、「原子力事故緊急事態宣言」は解除されていません。これは、福島のみが、いまだに年間で最大20mSvの被ばく線量を受忍させられていることを意味します(通常は年間1mSv以内)。
政府と東京電力は、原発建設計画の頃から「安全神話」を、地域のコミュニティや教育現場を利用して刷り込んできました。建設に反対する人、疑問を呈する人、事故を起こさないでほしいと求める人たちは地域の発展を妨害する者として、徹底的に弾圧されました。「現在の汚染水の海洋放出問題でも、同じ構図が持ち込まれている」と丹治氏は指摘。
 国が出資して原発から4Kmの位置に建てられた「東日本大震災・原子力災害伝承館」や東京電力が建てた「廃炉資料館」では、子どもや若者を集めて様々なイベントが開催されており、汚染水の海洋放出や汚染土の再利用を肯定する情報発信も頻繁に行われています。全国の小中学校で配布される放射線副読本の、放射線の危険性や事故の責任に関する記述は著しく後退し、さらに汚染水の安全性を謳うチラシが、教育委員会を通さずに復興庁から全国の学校に配布されています。

原子力の必要性を刷り込むために実際に用いられた「教材」  原子力の必要性を刷り込むために実際に用いられた「教材」

 

終わらない原発事故

 福島の問題を「狭い地域の話」と考える人もいますが、福島県は、日本で3番目に大きな都道府県であり、現在、東京都23区の約半分にあたる面積が未だに帰宅困難地域となっています。国の発表では、元の住居に帰還していない人数は約2万3千人とされていますが、実際には8万3千人を超える人々が、故郷に戻れていない状態です(国の発表には、外から入ってきた原発作業員を数に入れるなどの数字のまやかしがあります)。特に若い世代は地元に戻れておらず、避難指示が解除された区域での2023年の小中学校の通学者数は、2010年と比べて11.2%です。

 福島県の震災関連死は2,333人、関連自殺者は119人となっており、東北の他県に比べても多くなっています。しかも、これは遺書が残っているなど震災との関連が明らかである場合のみを拾った数字であり、実際にはこれよりもはるかに多いのです。
 現在、福島の復興という大義名分のもと、被災した浜通り地域周辺で国が大量の予算を付けて進めているのが「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」です。
 ロボット、ドローン、新エネルギー、リサイクル、宇宙開発などの産業基盤の構築を目指す、というものですが、人がいなくなった土地を、企業の好きにできる土地として活用しようとする、惨事便乗型の開発に他なりません。
 福島原発廃炉の道筋はまったく立っていません。メルトダウンを起こした1~3号機には全量推定880トンの燃料デブリが存在し、40年計画であれば、残りの28年間で毎日80kgずつ取り出さなければならない計算ですが、未だに1gも取り出せていないのが実状です。
 その他にも、原子炉格納容器蓋に付着した高濃度の放射性物質や、廃炉に伴い発生する原子炉建屋構造物や制御棒といった総量28万トンにおよぶ放射性廃棄物の処理など、様々な課題があり、どれもが廃炉計画にとって致命的なものです。
 また、現場で安全基準を無視した労働が常態化しているとの報告もあり、作業員の健康被害の問題もあります。

 

ALPS処理汚染水の海洋放出は民主主義の破壊

 そして、130万トンにもおよぶ汚染水の海洋放出が、2023年8月に開始されました。
 丹治氏はALPS処理汚染水放出差し止め訴訟の原告団事務局長を引き受けています。9月8日に第一次提訴が、11月9日には第2次提訴が行われました。
 国や東電は「ALPS処理水」と呼ぶことを要求していますが、トリチウム以外にも処理しきれていない核種が含まれていることを、東電自身も認めています。IAEAがお墨付きを与えたといいますが、そもそもIAEAは原子力利用を推進する立場の民間団体です。日本はIAEAへの拠出金で世界第2位と、いわば経済的にIAEAを支える立場であり、まったく中立ではありません。丹治氏は、福島県内に置かれたIAEAの事務所を訪ねたことがありましたが、職員は事故処理の経過や作業員の健康管理などの基礎的な情報も持ち合わせておらず、会話が成り立たなかったといいます。
 危険性のあるものは隔離するのが安全対策の基本です。大型タンクの建設による長期保管やモルタル固化などの対案があり、地下水を遮断する広域遮水壁や流入を止める集水井戸など、汚染水の発生を止める手段も提唱されているにも関わらず、国・東電は海洋放出を前提に話を進めています。
 事故原発の汚染水を故意に海洋放出することは「二次加害」に他ならず、2015年の「関係者の理解なしにはいかなる処分も行わない」との漁業者との約束を反故にする行為です。「訴訟は単なる海洋放出の問題ではない。民主主義の破壊に対する闘いであり、国の道徳性・倫理観の欠如に対する異議申し立てだ」と丹治氏は述べました。

 

現実を知り「沈黙」を破って

 福島県楢葉町宝鏡寺住職の早川篤雄氏が、原発も戦争もない平和な未来を願って2021年に建てた「伝言館」と「未来館」。その館主を、早川氏の亡き後に丹治氏は受け継いでいます。
 原発の誘致から事故までの歴史、放射能公害の実態、核兵器製造の技術と表裏一体の事実などを展示・解説しています。53億円の交付金を使って建てた「伝承館」が、原発事故を「原子力災害」と言い換え、責任の所在を曖昧にしているのとは対照的です
 国の用意した施設を見学して、違和感を覚えた人たちが最後に伝言館を訪れ、「腑に落ちた」と言うのを丹治氏は見てきたといいます。
「原発は、人の命をないがしろにし、人権を破壊する。元福井地裁裁判長の樋口英明氏は、キング牧師の言葉を引いて、最大の悲劇は善人の沈黙であると訴えているが、私もまったく同じ思いだ。ぜひ福島を訪れて現実を知ってほしい。そして、沈黙を破ってほしい」と丹治氏は訴えました。
 講演終了後も、原発作業員の人権問題や、地元漁業者の声など、様々な話題で参加者との対話が続きました。

 

※原告団事務局では、「ALPS処理汚染水放出差し止め訴訟を支援する会」へのご参加を募集しています。詳細はこちら