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公開日 2026年09月04日
更新日 2026年09月04日
8月4日から6日にかけて、原水爆禁止2026年世界大会・広島が開催されました。東京反核医師の会からは、青木克明、片倉和彦、向山新、矢野正明各世話人および事務局3人が参加し、5日に行われた分科会「被爆電車に乗って」の企画・運営に携わりました。

4日は世界大会の開会総会が行われ、現地2,700人、オンライン500人以上が参加し、日本人だけでなく、海外の方々や被爆者も総会に出席しました。
松井一實広島市長はメッセージの中で、核保有国の関与で国際社会の分断が進む現下の情勢や、また今年春に開催されたNPT再検討会議が3回続けて最終文書を採択しないまま閉会したこと等について、国際社会が積み上げてきた平和構築のための枠組みが大きく揺らいでいるとの懸念を示し、「そうした状況だからこそ、核に対する国際社会の合意のため、被爆の実相と被爆者の切なる思いを次の世代に伝え、風化させてはならないという願いを広く発信し、次の世代へとつなぐことが一層重要だ」と述べました。
また、オーストリアのアントン・ヴァイン=ヴィスロツキ氏は、核廃絶運動に尽くす自国の立場から核戦争のリスクを訴え、「核廃絶運動における『被爆者』『市民社会』『科学者』『核兵器禁止条約』それぞれの役割が重要だ」と述べました。
◎分科会「被爆電車に乗って」を運営
5日は「親と子の学びのひろば~被爆電車に乗って」と題した分科会を広島県立総合体育館の武道場で開催しました。親子で原爆のことについて学ぶ本分科会には、大人58人、子ども32人が参加しました。当日の司会進行は矢野世話人が担当しました。
最初に片倉世話人の指揮のもと、身体を動かす体操やゲームを通じて参加者間の交流を行った後、向山世話人が原爆症について解説。大量被ばくによる急性放射線障害に加え、黒い雨や灰が皮膚に付着したり体内に取り込まれたりすることで遺伝子が損傷を受ける、内部被ばくの恐ろしさについても分かりやすく伝え、被爆者すべての救済と、日本が核兵器禁止条約に参加することの必要性を訴えました。
東友会の被爆者相談員の村田未知子氏による講演「相談員として被爆者とともに歩んで」では、写真やイラスト、地図、そして被爆者自身の証言を用いながら、原爆投下がもたらした人的被害の実態と、生存者たちが放射線後遺症や差別によって長年苦しめられてきた現実を、子どもにも分かりやすく解説しました。また、「核兵器廃絶が私たちの使命」だとして、被爆の証言や日本政府に補償を求める活動、核兵器禁止条約の批准を求める活動などについても紹介しました。
午後には、広島市出身の被爆二世である青木世話人が、母親の原爆投下時の経験から、被爆電車の歴史的な成り立ちや電車から見える被爆遺構、被爆者認定をめぐってたたかった「黒い雨」訴訟等について解説し、車内でガイドを務める、忍岡妙子氏、小西ヒサ子氏からも説明がおこなわれました。また、原爆投下から間もない時期に、路面電車を復旧させた人々を描いたアニメ「ヒロシマに一番電車が走った」を上映しました。
目玉企画である被爆電車では、原爆の被害を受けながらも復旧し、今も現役で走っている651号、652号に乗車。ガイドの忍岡氏、小西氏による解説のもと、広島に今も残る、日本銀行広島支店等の被爆遺構を車窓から見ることができました。
被爆電車は30分かけて広島市内を運行、広島駅に到着し、分科会は大盛況の中終了しました。
参加者からは「被爆した電車が今なお動いていることに驚いた。被爆樹木のように、人々の希望になっているのだと感じた」「爆心地から2キロ近く離れていても人が吹き飛ばされたり、大きな傷跡が残ってしまうことをはじめて知った」「ゲームを通じてほかの地域の人とお話ができて楽しかった」などの感想が寄せられました。

◎核兵器なくす力を持つのは一般市民
6日は世界大会の閉会式・ヒロシマデー集会が行われました。国連事務次長・軍縮担当上級代表の中満泉氏は「核兵器によって被害を被るのは我々一般市民だが、核兵器を無くす力を持っているのもまた我々一般市民だ」と訴えました。
また、「被爆体験の継承と未来」というテーマで反戦の詩や被爆者の手記の朗読、被爆者による講演や子どもによる反戦曲の合唱、被団協によるシュプレヒコールが行われました。
海外代表からの発言では、韓国原爆被害者協会元副会長のイ・ギヨル氏から「核兵器のない世界を朝鮮半島から」「被爆二世を援護対象に」という韓国での反核運動スローガンの紹介がなされたほか、核戦争防止国際医師会議コスタリカ代表のカルロス・ウマーニャ氏は核兵器禁止を求める法案がスペイン議会に提出されたことを紹介しました。また、「核兵器は相手を同じ人間として見ずに『他者』として切り離すことで初めて使用可能になる兵器である」と述べ、その「他者化」という思考こそが、人々へ攻撃しようとする「呪い」であると警鐘を鳴らしました。
最後に原水爆禁止世界大会・広島決議が提案・採択され、盛会のうちに閉会しました。

